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#日本映画

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1 day ago
塚本晋也監督が、新作で戦争の加害者を物語の中心に据えた理由と、子供の問いが映画を貫く意味を語ります。インタビュー全文はサイトで。 #映画 #映画インタビュー #日本映画 #塚本晋也 #ヴェネチア国際映画祭 #戦争映画 #インディペンデント映画 #映画監督 #映画好きと繋がりたい #ネルソンさんあなたは人を殺しましたか
塚本晋也インタビュー:戦争映画はなぜ加害者の傷を描かなければならないのか

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塚本晋也インタビュー:戦争映画はなぜ加害者の傷を描かなければならないのか

英雄譚でも被害者の視点でもない、戦争が人に残すものとは。独立映画の鬼才が語る。 塚本晋也は、日本の映画監督、俳優、作家、美術家であり、その徹底して独立独歩の作品群は、40年以上にわたってアンダーグラウンド映画と実験映画の境界を押し広げてきた。14歳のときに初めて8ミリカメラを手にし、それが生涯にわたる映画への情熱の出発点となった。1980年代の日本のインディペンデント映画シーンから登場すると、目まぐるしい編集、手持ちカメラの撮影、工業的な風景、身体に訴えかける音響設計、そして人間の肉体への強烈な関心を特徴とする独自の映像言語をたちまち確立した。 キャリアを通じて、塚本は唯一無二の影響力ある作家としての地位を築き、監督、脚本、撮影、編集など複数の創作の役割を自ら担うことも多い。国際的な評価を最初に得たのは『鉄男』(1989年)で、この生々しいサイバーパンクの悪夢は日本のアンダーグラウンド映画の金字塔となった。ボディ・ホラー、工業的なイメージ、シュルレアリスムを組み合わせたこの作品によって、塚本は現代映画における比類のない存在として認められ、世界中の世代の監督やアーティストに影響を与えた。同作は国際的な観客に衝撃と魅惑をもたらし、ローマ国際ファンタスティック映画祭でグランプリを受賞した。日本のサイバーパンク映画やアンダーグラウンド映画の潮流と結びつけて語られることが多いが、塚本を単一のジャンルや芸術的伝統に分類するのは難しい。彼の映画は肉体的で挑発的であり、きわめて個人的で、従来の物語というよりも熱に浮かされた体験のように感じられる作品が多い。そのフィルモグラフィーは、ジャンルを自在に行き来しながらも、強烈に個人的なスタイルを保ち続ける卓越した力を示している。キャリアを通じて、疎外、都市の不安、テクノロジー、暴力、欲望、肉体と環境の脆い関係、さらには人間性と暴力のあいだにある痛ましい結びつきといったテーマを探求し続けてきた。 塚本は国際映画祭、とりわけヴェネチア国際映画祭で高い評価を得てきた。『六月の蛇』(2002年)と『KOTOKO』(2011年)は、それぞれ同映画祭のオリゾンティ部門とコントロコレンテ部門で最高賞を受賞している。『鉄男 THE BULLET MAN』(2009年)、『野火』(2014年)、『斬、』(2018年)、『ほかげ』(2023年)など、主要作品の数々もヴェネチアのコンペティション部門に選出された。自作の監督と出演に加え、塚本は三池崇史、マーティン・スコセッシ、庵野秀明、中島哲也といった著名な映画人と共演してきた高名な俳優でもある。2015年の毎日映画コンクールでは、『野火』で監督賞と男優主演賞をともに受賞するという稀な快挙を成し遂げた。塚本晋也は、日本のインディペンデント映画において最も独創的で影響力のある人物の一人であり続けている。最新の国際的大作『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』では、戦争が残し続ける爪痕という長年のテーマを探求し続けている。アレン・ネルソンの力強いノンフィクションに基づくこの作品は、戦時に暴力を加えた側が抱える深い心の傷、退役軍人が経験するトラウマ、そして戦争の現実を他者に語り伝えることに生涯を費やす人々の困難な道のりを見つめている。 さらに、この作品は第83回ヴェネチア国際映画祭でレオンチーノ・ドーロ(学生審査員による金獅子賞)を受賞した。イタリア全土から集まった20人の学生がリド島で塚本晋也の作品を紹介し、その選択は、カリキュラムを通じて培われた視覚教育と批判的思考に支えられた、成熟した映画理解を反映していた。学生たちは特に、この作品が現代の問題に向き合い、歴史の記憶を掘り下げている点を高く評価した。 若い人に戦場に行ってもらいたくないということです。戦争がなければ互いに友達になれる若い人たちが、その戦争ということのためにお互いに殺しあって、内臓やら脳みそを飛び散らかさなければならないということを避けたいという一言につきます。」 ―塚本晋也 『野火』の映画化に取り組まれる中で出会ったアレン・ネルソン氏の手記について、これまで出会ったノンフィクションの中で、おそらく最も恐ろしいものだったと語っておられます。映画の完成までに長い年月を要する間、「映画にしたい」という思いと、戦争の惨禍や人間の暗い側面から目を背けたいという思いの間で葛藤されました。ネルソン氏の告白の何が、これを映画にしなければならないとお感じにさせたのでしょうか。また、何がモチベーションを支え、バランスを見出す助けになったのでしょうか。 これは、ひとえに若い人に戦場に行ってもらいたくないということです。戦争がなければ互いに友達になれる若い人たちが、その戦争ということのためにお互いに殺しあって、内臓やら脳みそを飛び散らかさなければならないということを避けたいという一言につきます。『野火』を作った頃から日本が戦争ができる国に近づいていたという不安は、それがますます強くなっているということもあります。そして世界の不安、世界の今の状態の不安から、日本もそれに悪い形で何か悪い影響を受けて、ますます戦争に近づいていくのではないかという不安がそうさせます。 この映画の中心にある問いは、ネルソン氏が何をされたかだけではなく、ネルソン氏自身が他者に何をしたかです。戦争映画の感情的な核に、加害者の傷を据えることが、なぜ監督にとって重要だったのでしょうか。 大体の戦争映画はヒロイズムで描かれているか、被害者の目線で描かれています。ヒロイズムの目線で描くのは、今のこの時世において非常に危険なことだと思っています。若い人が戦争に行けば何かヒロイズムを発揮できる場所だというふうに勘違いするのは非常に恐ろしいことと思います。被害者の目線で描くことは非常に大事なことだと思っています。戦争の恐ろしさがわかるからです。ただ、被害者の目線だけでは、戦争の恐ろしさを描いたこと、あるいは見たことにならないと思っています。戦争は生きて帰ってきたから、じゃあよかったのかというと、その後、恐ろしい加害者としてのその後の人生、PTSD、戦争トラウマなどを抱えて、それが本人を一生傷つけるだけでなく、その家族にも暴力的な形で影響することが多く、そしてまたその家族が世代を越えてその暴力、PTSDが連鎖していくことが最近わかってきました。その加害体験のことを描かなければならないと思いました。 映画の枠を超えて、塚本の表現活動は絵画、演劇、そのほかの視覚表現にまで及んでいる。塚本は多作な俳優でもあり、自身の作品だけでなく、三池崇史やマーティン・スコセッシをはじめとする他の映画人の作品にも出演している。 「ネルソンさん、人を殺したの?」という問いが子供の口から発せられることには、心を打つものがあります。なぜこの無垢な問いを、映画全体の軸となる瞬間に選ばれたのでしょうか。大人による尋問では明らかにできないことで、子供の問いが明らかにできるものは何でしょうか。 これは原作のままです。オリジナルのノンフィクションに書かれてあった通りに映画にしました。そしてアレン・ネルソンさんは、やはり将来的に戦争に行くのは子供なので、子供が大きくなった頃に戦争がまた始まるんじゃないか、彼らが戦争に行くことになるんじゃないかという不安が一番大きかったはずです。そして僕も全く同じ気持ちでおります。そのために子供の口からそういうことを発するということは非常に大事なことだと思います。子供がこれからの未来を背負っていくからです。 塚本監督の作品では、人間の身体が恐怖、変容、暴力の場として描かれることが多くありました。ネルソン氏を題材とする今作では、すでに起きてしまい、人の記憶の中に生き続ける暴力を扱っています。この目に見えない傷を表現することはより難しかったでしょうか。また、この映画を作ったことで、身体とその傷に対する芸術的なアプローチは変わりましたか。** 過去の僕の映画では、暴力をファンタスティックな表現で描くこともありました。ファンタスティックというとちょっとニュアンスが違いますが、自分が漫画世代であること、アメリカニューシネマに影響を受けたこと、それから、実際に自分が若い頃には、日本に戦争が近づいているという実感はそんなには強くなかったので、むしろよく言われているバーチャルリアリティの中での生きている実感の無さをテーマに描いていたので、何か自分たちが現実を夢の中にいるみたい、現実感がない夢の中に生きているみたいなということで、夢の中で自分のほっぺたをつねったりして起きているか起きていないか、これが夢か夢じゃないかということを確かめますが、痛いと夢じゃないし、痛くないと夢、つまり痛みを求めて生きている実感を求める人たちというのを描いてきましたが、実際、日本が戦争ができる国ということに近づいていくと、その暴力をファンタスティックな表現で描くということが自分としてはできなくなっていきました。そういった暴力というのを本当に恐ろしくて近づきたくないものというふうに描いていくというふうに変わっていきました。 ヒロイズムの目線で描くのは、今のこの時世において非常に危険なことだと思っています。若い人が戦争に行けば何かヒロイズムを発揮できる場所だというふうに勘違いするのは非常に恐ろしいことと思います。」 ―塚本晋也 監督・脚本に加えて、撮影と編集もクレジットされています。多くの工程を自ら統制されたことは、ネルソン氏の主観的な体験に近づくための手段になりましたか。最も難しかった役割は何でしたか。また、ご自身がネルソン氏本人ではなく、外側から彼の物語に向き合うという立場は、物語にアプローチする自由を与えてくれたのでしょうか、それとも新たな倫理的負担を生んだのでしょうか。 これはですね、とにかくこの原作を、そして原作の良さを生かすためには、このノンフィクションをなるべくそのまま描くこと、つまりそれにはアメリカ人が主人公であるということ、あるいはベトナムやアメリカで撮影すること、実際はベトナムでの撮影が難しかったので主にはタイで撮影しましたが、ラストシーンはベトナムで撮影しています。あと沖縄などのように多くの場所で撮影する、大変大きな規模にならざるを得ないものであったからでありまして、ただ今までのその撮影のアプローチその他は基本的にはいつものやり方と変わっていない、非常に自由なやり方でやらせていただきました。ただ一つ一つの描写が非常に細かく、緻密に作っていただくことを多くのスタッフが非常に頑張ってやってくれたので、それが非常に緻密な満足のいく形でできたということでございます。アプローチのものは変わっていなく、自分もやってきたこと、今までやってきたことと多くの違いはないと思っています。つまり物語に対する自由は非常にあったということです。すべて自分が思ったようにできました。 彼の作品の中心には、繰り返し問いかけられる一つの問いが響いている。「人生の圧倒的な重圧に直面したとき、人間の身体と精神には何が起こるのか」。 ネルソン氏の体験はきわめてアメリカ的なものですが、塚本監督は、自国に固有の戦争と責任の歴史を持つ日本の映画監督です。他者の目を通して歴史を読み解くことは、私たちの違い、共通点、そして共有する人間性について何を教えてくれるとお考えですか。 日本も多数の加害体験がありながら、日本は戦争が終わった時にPTSDという概念がなかったので、兵隊さんたちは自分たちの経験を話す機会がありませんでした。一方、ベトナム戦争の後はPTSDという概念があり、ネルソンさんは難しい人生を歩みながらもまだケアしてくれる人、あるいは理解してくれる人々がいたので、自分の体験を話すことができました。そしてまたその話によって自分もネルソンさん、アレンさんの体験を知ることができました。アレンさんを通して自分はアメリカ人の加害を描きたかったんじゃなくて、誰もが戦争に行けば加害者、被害者にもなるし、加害者にもならざるを得ないということを描きたいと思いました。それはアレンさんが例えば日本に来て講演をする時に、アメリカ人の加害を日本人に対してしたことを謝罪するための講演ではなく、誰もが戦争に行けば被害者にもなるけど、加害者にもなるということを描きたかったということです。つまり自分はベトナム戦争を特に描きたかったんじゃなくて、戦争そのもの、一般的な戦争を描きたかった。そしてアレンさんの証言を通して誰もがそういう加害を犯す可能性があるということを描きたいと思いました。 誰もが戦争に行けば加害者、被害者にもなるし、加害者にもならざるを得ないということを描きたいと思いました。」 ―塚本晋也 アメリカ、タイ、ベトナム、日本で撮影されました。これらの国々を移動する中で、自分は実際に誰の戦争を撮っているのかという捉え方は変わりましたか。 すいません、ちょっと質問の意味がはっきりわからないのですが、まああくまでもアレンさんを通して、えー、全ての人間が、えー、戦争に行けば、あの、こういう体験をする、こういう恐ろしい体験をする。それは本当に恐ろしいまでに、いろいろ資料を調べても、どこの国でも同じように、あの、洗脳され、同じように、あの、攻撃的にならざるを得ないということがわかってきましたので、えー、誰の戦争を撮っているかという捉え方の変化は、自分としては基本的に変わっていません。 経験の大きく異なる俳優たちと仕事をされました。俳優それぞれの演技の背景の違いによって、個々のシーンの演出方法は変わりましたか。 これはもちろん個々の俳優によって、その俳優さんがどのようにこちらに接してくるかによって、え、それに対応することは変化しますが、根本的には何か大きく変わることはありません。俳優さんは皆さん本当にとても熱心で、そして非常に、えー、もちろん自分なりの準備をされてきて関わってくださいます。え、その感じというのはですね、どこの国、えー、どういう人とやってもですね、基本的には変わらないものと思っています。もちろん、え、それぞれの、えー、えー、才能とか、えー、実力とかいろいろ、あのー、違いはありますけど、根本的なことには変わってません。そして自分自身もそれぞれの人に対して、えー、自分が変わった、ある、何て言うんですかね、方法、えー、決まった方法、メソッドがあるんじゃなくて、いつもその、えー、その俳優さんごとに、えー、どういうふうにしていくかっていうのは、それごとに考えていくようにしております。 ロドニー・ヒックス氏は、単に罪悪感の象徴になることなく、莫大な罪悪感を背負わなければならない男を演じています。また、ネルソン氏と日本には興味深い歴史的なつながりがあり、彼は日本の米軍基地などに駐留していました。このつながりについてどのようにお考えですか。また、それは映画を作る決断に影響を与えましたか。** ロドニー・ヒックスさんはですね、この役を、あの、まるで、えー、あたかも自分のライフワークというふうに、こう、えー、思っていただいて、ま、非常に、えー、熱心にやってくださいました。ロドニー自身が、あの、言ったんですが、あの、子供の頃にPTSDを、あの、何らかの形で、詳しくは聞いてないんですけど、えー、PTSDがあって、そのPTSDの体験と今度の、あの、役をこう、えー、つなぎ合わせながら、あの、やってくださったということで、え、非常に、あの、アレンの役が説得力のあるものに、あの、ますますなっていったんだと思います。え、基本的にこの映画はですね、あの、原作のノンフィクションに全く沿う形でやってますので、えー、自分の方で何か特別なことを付け加えたつもりはないのですが、ま、沖縄での、あの、えー、アレンの、あの、経験というのも、そのアレンが、あの、アメリカでまずある程度訓練を受けて、それからベトナムで戦争する間に、沖縄で、えー、もっと実践的な訓練、それから洗脳ですよね。兵士になるための、あの、相手の、あの、敵と言われている国の人間を、え、まあ人間以下の、あの、ものであるというふうに、こう思わせられるような洗脳機関として沖縄があったので、えー、まあ今、あの、自分たちがその日本人としても、沖縄のことをこう、あの、沖縄だけの問題じゃなく、日本全体の問題として考えなければいけない、えー、立場にあると思うので、えー、そこは欠かせないと思いました。 あらゆる時代の戦争に共通する、容赦のない暴力を描き出す力に対して。映像と音の目まぐるしい交錯によって全方位的なものとなった、主人公の意識の展開に観客を没入させる力に対して。戦争と帰還兵のトラウマにまたがる恐怖を告発したことに対して。あらゆる世代に、侵略戦争という帝国主義的な論理への拒否感を根づかせる力に対して。」以上が、学生たちがレオンチーノ・ドーロの授与理由として記した言葉である。 戦争というテーマに何度も立ち返ってこられました。まだ答えが出ていない戦争に関する問いは何でしょうか。殺すという行為そのものでしょうか、戦争がもたらす身体的・精神的な荒廃でしょうか、それとも、殺すという行為から自分を切り離せなくなった人間でしょうか。 えー、自分はもうとにかくですね、なんでその人を殺すっていう行為が許されるのかというのが本当に不思議です。ただ、これはもう、えー、もう大昔から、もうほとんど歴史の流れと一緒にあるものなので、もう人間の中にある一つの本能とも言えるものなのかもしれないというぐらいに長く続いてて、そして今も終わらないものなんですが、僕自身はなんでそのことが今この、えー、非常に文明とか全てのことが進んだこの世の中においてですね、まだ許されているというのが本当に不思議でございます。えー、どう考えても、その戦場というのは、あの、若者同士が、えー、戦争がなければ友達になれるはずの友達同士が、非常に陰惨な形で殺し合うということでありますので、なぜそのことがいまだに許されているかというのが本当に不思議という、えー、ことでもございます。そのことのあまりの、え、馬鹿馬鹿しさ、えー、間違っているということなどを、えー、すごくこう、えー、シンプルに強く、この、感じてもらうために、あの、映画を作っているところがあります。 映画は、罪の告白の後に始まる道徳的な領域へ、私たちを実際に踏み込ませることができるとお考えですか。それとも、その領域に近づくことしかできないのでしょうか。 え、自分はとにかく、あの、映画を見ていただいたお客さんに、ある実感を感じてもらいたいという、そこまでのことをやると思うんです。その先のことはお客さん次第なんですが、僕自身は、ま、今回の映画を通してお客さんが、戦争っていうのはもう絶対に反対である、そしてそのことを、えー、どういうふうにして考えていったらいいのかという、非常に前向きな意見を、あの、もらっていますので、映画というのは、あの、その映画を見た後にある道徳的な領域、え、そういうところに、こう突き進んでいくことは、え、できるものというふうに思って作っております。 なんでその人を殺すっていう行為が許されるのかというのが本当に不思議です。(中略)そのことのあまりの馬鹿馬鹿しさ、間違っているということなどを、すごくシンプルに強く感じてもらうために、映画を作っているところがあります。」 ―塚本晋也 初期の、きわめて個人的な独立製作作品と比べて、制作規模をグローバルに広げたことは、監督としての演出スタイルにどのような影響を与えましたか。 えー、規模はですね、この原作、このノンフィクションを、あの、映画化するときに、何か小さい規模に置き換えるなどの置き換えをするよりは、このノンフィクションをなるべくこのまま映画化した方がいいと思ったので、ま、そのためには必然的にアメリカが舞台になり、あるいは、あの、ベトナム、ま、実際はタイで撮影しましたが、えー、タイでの戦闘シーン、あるいはまた、えー、ラストシーンは本当のベトナムで撮影するなど、えー、それらのことが全て必要なので、大きな規模にせざるを得なかったんですが、その大きな規模にせざるを得なかったところは、そのプロデューサー、それから、あの、全てのスタッフ、助監督さんも含むが、相当力をですね、注いでくれたので実現しました。自分はというとですね、ま、そのことによって、えー、何かこうネガティブな方に変化することは全くなく、えー、自分は全くいつもと同じような制作スタイル、独立制作作品でやってた時と同じ、えー、スタイルと気持ちで、えー、作っていました。それらを支えてくださったのが、この映画を大きくするための、えー、規模にするためのことを、こう支えてくださったスタッフの、えー、方々ということで、自分は、えー、全く変わらずやっております。 写真提供:©塚本晋也

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まめしば
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4 days ago
🎥『許されざる者』(2013) Netflixで視聴🎬 明治初期の北海道を舞台に、過去を背負った男の葛藤と生き様を描く重厚な時代劇。渡辺謙の迫真の演技と、厳しい大地を背景にした人間ドラマが心に響く。西部劇を和風にするとこんな感じになるのか。 「生きるために、人は何を背負うのか。」 #映画レビュー #Netflix #許されざる者 #映画好き #映画鑑賞 #映画記録 #邦画 #日本映画 #時代劇
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@tokyo-days.bsky.social
3 days ago
映画『TOKYO BURST-犯罪都市-』をJ:COM STREAMで独占配信開始! #日本映画 #マ・ドンソク #TOKYO_BURST 2026年10月30日からJ:COM STREAMで映画『TOKYO BURST-犯罪都市-』を見放題で独占配信します。日韓合作のクライムアクションに迫ります。
映画『TOKYO BURST-犯罪都市-』をJ:COM STREAMで独占配信開始!

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映画『TOKYO BURST-犯罪都市-』をJ:COM STREAMで独占配信開始!

2026年10月30日からJ:COM STREAMで映画『TOKYO BURST-犯罪都市-』を見放題で独占配信します。日韓合作のクライムアクションに迫ります。

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まめしば
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11 days ago
🎥『南極料理人』 Netflixで視聴🎬 南極観測隊の日常を、食事を通してユーモラスに描いた心温まる作品🍜 何気ない日常と美味しいごはんが、こんなにも人を幸せにするなんて! 「どんなに過酷な場所でも、おいしいごはんは心を満たす。」 #映画レビュー #Netflix #南極料理人 #映画好き #映画鑑賞 #映画記録 #邦画 #日本映画 #ヒューマンドラマ
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まめしば
@quzzila.bsky.social
13 days ago
🎥『90歳、なにがめでたい』 Netflixで視聴🎬 年齢を重ねることへの本音を、ユーモアたっぷりに描いた痛快コメディ。草笛光子さんの存在感と、思わず笑ってしまう日常のやりとりが最高! 「いくつになっても、自分らしく生きていい!」 と元気をもらえる作品😊 #映画レビュー #Netflix #90歳なにがめでたい #映画好き #映画鑑賞 #映画記録 #邦画 #日本映画 #コメディ映画
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